普通のデジカメの限界を感じたのでした
2日間に渡る「日本シャーロックホームズ・クラブ全国大会」が終わった後、山口に来たんだからと向かった先はこちら。
2日間に渡る「日本シャーロックホームズ・クラブ全国大会」が終わった後、山口に来たんだからと向かった先はこちら。
志免方面に来ると、鉄道公園が見えてきました。

分岐器や信号などが残されています。



ホームと線路が残されていますが、残念ながら新しく出来た県道で分断されています。

駅名標です(当然、後からつくられたものですが)。

そしてここから、志免町のシンボル志免鉱業所竪坑櫓が見えます。

宇美八幡から志免町方面に少し行ったところに下宇美駅があります。
もともとは下宇美駅が宇美八幡の最寄りの駅だったということですが、
現在では香椎線宇美駅が最寄りの駅になりました。
下宇美駅跡の前には「下宇美」というバス停があるので、わかり安いです。
この駅のホームの一部が残されていて、線路部分は遊歩道として整備されています。

志免方面から宇美方面に見たところです。

逆に宇美方面から志免方面に見たところです。
下宇美駅から宇美方面に少し進んだところに遊歩道が右に大きくまがっています。

線路自体はまっすぐ藪の方に走っていたのでしょう。
下宇美駅から志免方面に進むと、

しばらく遊歩道が続いています。
遊歩道は全長約10kmあるようで、小雨が降っているにもかかわらず、結構歩いている人が多いです。



この先で見つけたのがこれです。
勝田線を辿っていて住宅地の中でたまたま見つけたのがこれ、
「光正寺古墳」です。
形は前方後円墳です。
規模は小さいものの整備されているため、きれいな形で残っています。
作られた時期は3世紀くらいらしく、豪族の墓として作られたようです。

現在は公園として整備されているため、駐車場に車を駐めて見に行こうと思ったら、
あいにく5時で駐車場が閉鎖される時間です。
近くまで車で寄って写真を撮りました。
でも、よく考えたら古墳に登ってしまったら、古墳自体の形はよく分からないかもしません。
古墳を鑑賞するにはどうするのが一番良いのでしょうかね?

この近くに七夕池古墳というのがある様ですが、こちらの場所はよく分かりませんでした。
宇美町の宇美八幡に行った後、宇美町、志免町辺りをまわってみました。
目的は「国鉄勝田線」巡りです。
その他に志免町には竪坑櫓つまり、石炭を運び出すためのエレベーターがあります。
志免鉱業所という炭坑は日本国有鉄道によって運営される国営炭坑だったようです。
蒸気機関車の燃料として石炭をここで掘り出し、勝田線を使って運び出していました。
エネルギー革命の影響で1964年に閉山し、勝田線も廃止され現在に至っています。
筑豊にもなんだか同じような建物を見たことある様な気がしますが、ここの建物は立派です。
さすが国の有形文化財に登録されているだけあります。
高台にあるだけって、町のあちこちから見えるシンボル的建物です。



今日はちょっとした学会で折尾にやって来ました。
今回はちょっと余裕があったので、電車でやって来ました。
折尾駅にやって来たのはかなり久しぶりです。
大学入試でやって来たのが懐かしいです。
さて、駅から出てバスに乗ろうとしたものの、東口と西口とで行ったり来たり。
構造は複雑ですけど、なんだか好きな駅の一つです。

折尾駅の東口は結構レトロな造りですが、

西口に回ってみると、意外と地味な造りです。

折尾駅東口には西鉄電車の旧折尾駅ビルがあります。北九州線は廃止されてしまっているので、当然駅ホームは閉鎖されて立ち入ることはできませんし、今後再開発される予定なのかビルには殆どテナントも入っていない様子です。

駅周辺はどんどん再開発が進んでいますが、このレトロな駅の建物はどうなるのでしょうかね。
先週、ちょっとした用で久しぶり直方に行く機会がありましたので、ついでに行ったのはここ。
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筑豊電鉄直方駅です。これまで、乗り過ごしやら何やらでJR直方駅に行ったことはありましたが、筑豊電鉄は初めてです。JR駅からちょっと外れたところにひっそりと建っています。

この駅は横から見るともっともっと先に延びようかのごとく、高架をズッパリ断ち切った様な形なのが気になります。それもその筈、筑豊電鉄はもともと北九州から直方、飯塚を経由して福岡につなげようという目的で作られた電車なのです。その当時、筑豊地区から福岡方面に繋がる鉄道が無かったからなのでしょう。しかし、石炭産業の衰退とともに、この計画も中断されここ直方駅で終わってしまった訳です。その間に国鉄(現JR)篠栗線ができ、筑豊と福岡方面が結ばれてしまい、筑豊電鉄がのびる必要もなくなったわけですね。
この駅を階段を登って行くと、筑鉄直方駅の看板があります。

折尾方面という文字が、テープで消されています。昔は西鉄電車とつながっていたことがわかります。

この駅は2面ホームなのですが、

実際電車が来ているのは片面だけのようです。

2両編成の路面電車タイプの電車がやって来ました。

そして、方向幕を変えています。
この電車のなんだか、のどかな田舎な雰囲気。
僕自身、普段はこの電車に乗る必要もないですが、一度はこの電車に乗ってみたいものです。
ちなみにこの日、直方から飯塚に向かう途中、JR筑豊本線から分岐していた幸袋線の線路跡と上山田線の平恒駅のホームをチェックすることもできました。今回は時間もなかったので、時間があるときに細かくたどってみたいものです。筑豊地区は廃線の宝庫ですから。
これまで機会あるごとに宮原線の廃線を見て来ましたが、今回行ったのは麻生釣駅です。
大きな地図で見る
この駅は、「男はつらいよ 寅次郎わが道を行く」(昭和53年)でホームが寝ていた寅さんが夢から覚めるシーンで登場します。実際のシーンはこのホームページのこの写真を参照のこと。
この駅を昭和51年(廃止9年前)の航空写真でみたものがこちら、

ネットで調べた範囲では「この駅は自然回帰が進行しており、痕跡を辿るのは困難を極める」と随所に書かれていますので、あらかじめiPhoneで下調べをして来ました。
しかし、この一体はソフトバンクは全くの圏外でiPhoneは全く役に立ちません。
国道387号線を小国方面から車を走らせると、「麻生釣温泉 亀山の湯」が左手に見えて来ます、その数十メートル先に国道からの入り口があります。↓

国道から入ったところで、小国方面向かうと麻生釣トンネルが見えます。

すこし近づいてみるとトンネルがはっきり見えてきます。

近づいてみると、八鹿酒造の倉庫に使われているのがわかります。トンネルの中は気温の変化が少なくて、お酒の保存に適しているのでしょうかね。

さらに近づくと、

倉庫として使われているのがわかります。
で、反対側のの麻生釣駅方向に向かって行くと、足下にはバラストらしき砂利が続いているので、ここが線路であることには間違いなさそうです。しばらく歩くと階段が見えます。おそらくは駅舎、ホームへ向かう階段なのでしょう。

階段を上がったところにある、簡易トイレは廃線前から使われているものの様です。
(実際、この写真の右側にこのトイレが写っています)
ちなみにこの周辺には廃墟になった民家らしきものがありますが、この写真に映っている駅舎らしき建物は存在しません。

道ばたには「分合同新聞百景 阿蘇釣高原」の看板が落ちています。

脇にはコンクリートの階段らしきものがあります、これは貨物ホーム階段の様です。


乗客用のホームは逆側にあるみたいです。


駅から九重側に向かって行くとあぜ道が続いて行きますが、今回の調査はこれまで。

帰りは、亀山の湯に入って帰りました。
先日、当直先が旧筑肥線沿線だったということもあり、帰りに筑肥線の筑前蓑島駅跡に通りがかりました。
場所はここ。↓
より大きな地図で 筑肥線 を表示
駅が存在したところに、ホーム(もどき)と駅名標(もどき)が作られています。


で、この場所は周りを見渡せば、遊歩道として整備されています。
[
↑実際の駅はちょうどこのあたりに位置したようです。

で、この上を通っている橋は、美野島陸橋です。

この陸橋は、筑肥線をクロスオーバーするために作られたようです。
造られたのは昭和50年で筑肥線が廃止されたのが昭和58年ということで、わずか8年間の役割だったようです。
この陸橋の下にはディーゼルカーのすすがついているのも、以前ここにで筑肥線が通っていたことの証です。
昨日から厚生省の研究班の班会議に出席するためにお茶の水に来ています。
お茶の水で私が好きなスポットと言えば、聖橋から眺めるお茶の水駅の辺り。
ここ辺りはさだまさしの『檸檬』という曲の舞台です。
『檸檬』とは梶井基次郎の『檸檬』をベースにした曲です。
♫食べかけの檸檬 聖橋から放る
各駅停車の檸檬色がそれを噛み砕く
二人の波紋の拡がり数えたあと
小さな溜息混じりに振り返り
消え去る時には こうしてあっけなく
静かに堕ちてゆくものよ♫
聖橋ってどんな橋なんだろうと昔から想像していました。
聖橋から神田川を眺めると二つの高台に挟まれながら、
総武線と中央線とが立体交差して、
さらには地下鉄丸の内線がチラ見出します。
この何となく天然ではなさそうな感じ。
人工的な匂い。
地面がどこだかよく分からなくなりそうなこの立体関係が大好きです。
↓

また、ホテルの2階で食事をしているとひっきりなしに目の前を中央線と総武線が立体交差するのが見えます。朝食を食べながら、結構喜んでいました。
↓これ中央線の新宿駅方面行き

↓これ中央線の東京駅方面行きがトンネルから出てくるところ

↓そしてこれが総武線の新宿駅方面行き

複数の電車がすれ違っているところを撮影できなかったのが残念。
廃線を探索したいという欲求は日本だけではないようで、
このような本があります。↓

"Abandoned stations on London's underground"という本。
訳するならば
「ロンドン地下鉄の廃駅」
というところでしょうか?
戦争の空襲、路線自体の廃止、経路変更など様々な理由で廃止された駅が説明文付きで写真が掲載されています。
こんな具合です。↓

大学の卒業旅行でロンドンの交通博物館に行った時に手に入れました。
先日、自宅の本棚の整理をしている時に出てきたので、紹介してみました。
2008年に改訂されたようでロンドンの交通博物館のホームページで
発売されているようです。
また、London's Abandoned Tube Stationsというページもあります。
ロンドン地下鉄の廃駅に興味があるかたは是非覗いてみてはいかがでしょうか?
今朝、福岡に帰ってきました。
iPhoneからは1件に1枚しか写真を添付できないため、残りをまとめてアップします。
まずは、駅標と名所案内です。

駅の跡地に建っている宝泉寺交通センター、といっても実際はバス停があるだけですけど…。

当時使われていた信号機、でも信号の方向が変なので廃線になってから移設されたものでしょう。

ポイント切替機もありますが、これも移設された物でしょう。

次は町田駅の駅舎からホームに向う階段です。
駅舎の跡地は公園になっています。


町田駅のホームです。
ほとんどそのままの形で残っています。

町田駅のホームの向こうの方では国道バイパスの工事が行われています。
もうすぐここも無くなってしまうのでしょう。

町田駅から恵良駅方面に少し歩いて行くとこんな看板がありました。
「危険です 線路に立入らないようにして下さい 森保線区長」とはっきり読む事ができます。

もう少し行くと切通しがあり、その向こうは荒れて果てています。
足下にはバラスト(線路の下に敷かれている石)も残っています。

この周りには橋脚も残っています。

そして、国道から遠くに見えるトンネルも、

車で近くまで行くことができました。
ここです。↓
http://www.google.co.jp/maps/ms?ie=UTF8&hl=ja&msa=0&msid=107565839070932598676.00046936fd7057ff03633&ll=33.225118,131.171308&spn=0.01874,0.02974&z=15


マニアックになってしまいましたので、この辺で。
次回は恵良駅と豊後森機関車庫辺りに行きましょう。

引き続き、国道沿いを下って行くと、宮原線が並行しているのが見えます。
宝泉寺駅の隣の駅、町田駅は地区の公民館のところにあります。
ここです。
より大きな地図で 宮原線 を表示
かつて駅舎が建っていたであろう所はちょっとした公園になっています。
階段を上がるとホームや駅標がそのままの形で残っていたのでパチリ。
周りを見渡したら、国道バイパスの工事が行われています。
もう少し後だったら、無くなっていたかも知れません。
良かったよかった。
次に九重町に来た時には、小国の方に足を伸ばしてみたいです。
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昼食後に宝泉寺温泉にいくことに。
しかし実際に到着してみると、
人が多く30分は待たないといけないといいます。
そういえば
ここ辺りには昔々(25年くらい前)宮原線という線路が走っていたことを思い出しました。
で、最寄りの駅は宝泉寺駅ということでちょっといってみることに。
国道から旧道に降りてすぐの所に、ありました。
ここです。
より大きな地図で 宮原線 を表示
駅舎があったであろう所 は宝泉寺交通センターという看板が建てられてはいますが、
中は特に何かがある訳ではなさそうです。
建物の裏に回ると駅標が建てかけてあったのでここで一枚パチリ。
他にも信号機、ポイント切り替え機、レールが展示されていました。
実際には線路は現在の国道ところを走っていたようです。
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今朝当直から家に帰って来ると、アケさんが
「どっか電車に乗りに行こうよ」
と言います。
とりあえず近場を鉄道を乗りついで旅することにしました。
それで千早駅で買った切符がこれ。